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「でも俺は、魔王バラモスを倒す気にはなれない……。」

拳を握り締め、搾り出すような声でアクシズは本心を告げる。
事実、彼は幼い頃、『竜の女王』から事の真相を伺っている。
最初から全て知ってしまうと、本当に倒すべき相手が見えてくる。
その相手はこの『地上界』には存在しなかった。
徐に頷くと、大神官バサラは言葉を続けた。

「この世に、真に正しいものなど無い。勿論、逆も言える。
 何事も必ず、誰かにとって正しくても、誰かにとっては間違っていることじゃ。
 昼が良いというものもおれば、夜が好きなものもおろう。」

「俺は間違っているのだろうか……。」

「それは、お主自身が決める問題じゃ。
 いくらワシが『生まれながらの賢者』だとしても、他人の答を決定する権利は無い。
 賢者の役目は、悩める者の思考の中に、もう1つの道を作ってやるだけじゃ。
 その者が1つの道だけに追い詰められないようにな……。
 じゃから、なるべく意見は多い方が良い。
 それだけ沢山の道が出来る。」

「俺の道……。」
握り締めていた拳を開き、アクシズは掌を見つめた。

行方知れずの父・サイモンを捜す道。
バラモスを影で操る脅威を倒す道。
そして……。

思い出したように大神官バサラはアクシズの肩を叩いた。
驚愕して、彼は大神官を見る。
バサラの表情は真剣そのものだった。
ごくり……と、唾を飲み込み、アクシズは問いを待つ。
徐にバサラの口が開かれた。

「……で、アクシズ。
 勇者オルテガ殿の娘さんは、可愛かったか?」

拍子抜け、ガクッと頭を垂れ、アクシズは脱力する。
相手が幼馴染ディートなら頭を叩いていたところだが、
ダーマ大神官・バサラの冗談(?)だ。
今回ばかりはそうはいかない。
思わず振りかざした拳をしまうと、思いきり嘆息した。
大神官バサラは、アクシズが勇者アイリに淡い感情を抱いているのを、
勘付いているのかもしれない。
さすがに観念し、素直に頷いた。
無言の遣り取りだったが、満足したように微笑みながら大神官はアクシズの背を叩く。

「そうか。
 想いが叶うとよいのう。」
「そ、そんなんじゃ……!!」
「照れずともよい♪
 そうか、そうか。」

顔を真っ赤にして言い訳する若き勇者をチラリと横目で見ると、
大神官バサラは笑いながら、彼の部屋を大股で出て行ってしまった。
独り部屋に取り残され、アクシズは天を見上げて肩を落とす。

__次の依頼は『サマンオサ』なんだよな……。

ダーマ神殿へ戻る途中、仲間の女盗賊エルマが持って来た依頼を思い出し、
更に大きな溜め息をついた。

今のアクシズには、逃げた過去に立ち向かう道しか残されていなかったらしい……。
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